凶悪事件簿 2014年06月

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少年ライフル魔事件

少年ライフル魔事件(しょうねんライフルまじけん)とは、1965年(昭和40年)7月29日に発生した18歳の少年によるライフル乱射事件である。少年と警官隊との間で西部劇さながらの銃撃戦が繰り広げられ異常な展開を見せた。


【事件の概要】

1965年7月29日、18歳の少年Kはピストルを入手する目的で、偽の110番で神奈川県高座郡座間町(現在の座間市)の山林に警官をおびき出した。警官が到着し、Kが空気銃でスズメを撃っていた所を訊問すると、Kは警官をライフル銃で銃撃した。警官を殺害し、応援に来たもう1人も負傷させた。
その後は奪ったピストルを使って運転手を脅しつつ乗用車4台を乗り継いで逃走し、午後6時過ぎに東京都渋谷区の銃砲店に到着。銃砲店から武器弾薬を強奪、従業員3人を人質にとって立てこもり、警官隊との間で西部劇さながらの銃撃戦になった。Kは警官隊および通行人に向けて合計110発のライフル弾を発射。警官・通行人・報道記者等16人を負傷させた。これに対し、警官隊は催涙弾で応戦した。
付近を通る国電山手線は運休し、3,000人もの野次馬が集まり、付近は騒然とした。警官隊は、これら野次馬に被害が及ばないよう、躍起になった[要出典]。午後7時20分、Kが催涙弾に耐えかねて、2人の女性を盾に路上に出たところを、警察官がKの隙を見て体当たり、Kがライフルを取り落とした所を取り押さえて逮捕し、事件は解決した。
なお、のちに「連続ピストル射殺事件」(永山則夫連続射殺事件)を引き起こす永山則夫死刑囚が現場至近で働いていたためこの事件を目撃し、これに刺激され犯行に及んだのではないかという見方がある。


【その後の経過】

Kの動機は、愛読していたバイオレンス小説「野獣死すべし」のような事を実際にしてみたかったというものであった。
1967年4月13日、一審の横浜地裁は無期懲役を言い渡した。
1968年、東京高裁(控訴審)では矯正の余地なしとして死刑を宣告し、1969年10月2日、最高裁も二審判決を支持、上告を棄却して死刑が確定した。
一審でも二審でもKは「銃への魅力は今なお尽きない。再び多くの人に迷惑をかけないように死刑にしてほしい」と述べたという
1972年7月21日、死刑が執行された。享年25。
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